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広島地方裁判所福山支部 昭和61年(人)1号 判決

請求者 森谷高宏

拘束者 森谷花枝 外2名

被拘束者 森谷恵

主文

1  請求者の請求を棄却する。

2  被拘束者を拘束者らに引渡す。

3  手続費用は請求者の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求者

1  拘束者らは、被拘束者を釈放し、請求者に引渡す。

2  手続費用は拘束者らの負担とする。

二  拘束者

1  請求者の請求を棄却する。

2  被拘束者を拘束者らに引渡す。

3  手続費用は請求者の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の理由

(一)  請求者と拘束者森谷花枝(以下拘束者花枝という)は、拘束者花枝がスナツクのホステスとして稼働していた昭和56年10月に知り合い、昭和57年1月からは請求者とその母が住むアパートで同棲生活を始め、昭和57年4月に被拘束者を妊娠したため正式に婚姻することとなり、同年10月7月婚姻の届出をした夫婦であり、被拘束者は、昭和58年3月5日請求者と拘束者花枝との間に出生した長女である。

拘束者竹田実(以下拘束者実という)と同竹田カヨコ(以下拘束者カヨコという)は、拘束者花枝の実父母である。

(二)  拘束者らは、昭和58年3月5日生れの被拘束者を福山市○○町大字○○××××番地の×所在の拘束者実方及び同市○○町×××-××○○○○○○ハイツ×××号室の拘束者花枝方において監護し、昭和61年3月末ごろからは、拘束者実方で養育監護している。

被拘束者は、満3歳の幼児であり、意思能力は全くなく、従つて、拘束者らの監護行為は、人身保護法及び同規則にいう拘束に当る。

(三)  拘束者らの拘束は、顕著な違法性を帯びるものである。

1 請求者と拘束者花枝との別居の原因について

請求者と拘束者花枝との婚姻の破綻及び別居の原因は、拘束者花枝の不貞行為によるものである。

すなわち、昭和60年4月ごろには、すでに好意を抱く男性の存在がみられ、同年5月及び同年6月には、訴外下田多市(以下訴外下田という)方に泊り、同年7月からは前記○○マンションにおいて訴外下田とともに居住するようになつた。

他方、請求者には、婚姻破綻の原因は何ら存在しない。

2 拘束者カヨコ、同実、同花枝らによる拘束に至る経緯

請求者と拘束者花枝は、拘束者花枝が訴外下田との間に不貞関係を生じさせ、家を飛び出したことから別居状態となつたため、請求者は拘束者花枝と話し合いのうえ、昭和60年4月、被拘束者を拘束者カヨコ・同実に預けたが、休日などには面会に行き、被拘束者を連れ出して遊ぶなどして円満な親子関係を継続していた。

しかし、拘束者花枝が前記○○マンションに入居し、訴外下田と同居を開始するころに、拘束者花枝において一方的に被拘束者を請求者から連れ去つて、その行方を請求者には教えないことを計画したため、請求者は被拘束者を手元において監護することを決意し、昼間は自宅近くの○○病院が事実上経営する託児所「○○園」に預け、朝晩は自宅において請求者及び請求者の母吉田正枝とが共同して監護することとし、昭和60年8月13日までの約1か月間は被拘束者を養育した。

養育の状況は良好で、病気の際でも同園においては病院と協力して育児をするシステムを採用していたため、被拘束者を安心して預けられるようになつていた。

しかるに、拘束者花枝、同カヨコらは、昭和60年8月13日、右園の保母の制止を聞かず、被拘束者を同園から連れ去つてしまつた。

(四)  被拘束者の拘束状態

拘束者カヨコ、同実、同花枝による被拘束者の拘束状態は、本審理途中までは、1日に2、3か所を転々とするように落着く場所のない不安定な状態であつた。

1 被拘束者の実母でありながら請求者に比して被拘束者に対する愛情の薄い拘束者花枝は、昭和60年8月13日から同61年3月13日までの間、わずか2歳の被拘束者を1日の間でも、拘束者実方から勤務先の「○○○○○○○○」へ、また、○○マンションへと転々と連れ歩き、更に、拘束者花枝は、訴外下田とともに競艇・競馬・パチンコ・マージャンと遊び回り、ときにはそれらの場所に被拘束者をも伴うなど常識では考えられない行動をとつているのであつて、拘束者花枝が、被拘束者に対し真に深い愛情を持つているのであれば、拘束者カヨコ、同実方に同居し、被拘束者を監護すべきであつた。

2 本審理中、拘束者花枝はそれまで勤務していた勤め先をやめ、訴外下田との交際を一時中断しているが、これは、一時的なものであつて、永続きすることは困難である。すなわち、その倫理的当否はさておき、深い愛情で結ばれていると思われる拘束者花枝と訴外下田とが会うこともなしに時を過すことが出来ないことは間違いなく、経済的理由から、拘束者花枝は、再度、就職せざるを得ない状況にあるのである。

3 また拘束者カヨコ、同実の監護は、拘束者花枝の養育を補助するものであつて、祖父母としての愛情があつても、実父たる請求者の愛情にかわることは出来ない。被拘束者にとつては、請求者の注ぐ愛情の方が価値が大きい。

(五)  請求者側の事情

請求者及び請求者の実母の下での生活が、被拘束者にとつて幸福に適するものであることは次の事情から明らかである。

1 請求者は、真面目な性格であつて、定職もあり、毎月18万5,000円程度の決つた収入がある。職場でも営業課長という役職につき、信頼されている。

2 請求者は被拘束者に対して深い愛情を持つている。そのことは、行方が分らなくなることを防ぐために被拘束者を引取つた行動からもみてとれるのである。

請求者は被拘束者を昼間預けるため、託児所「○○園」を探し、その費用を支払い、現実に1か月間監護している。

また、勤務先においても、被拘束者を引取つた後の勤務時間につき、その配慮を約束している。

たとえ、衣服に不十分なところがあつたにせよ、1日に3か所も転転とする生活をさせるよりも、よほど幼児のためになる生活といえるのである。

3 請求者の母も、右期間中、育児に協力しており、被拘束者を引取つた後は、養育に協力することの約束もしている。

拘束者カヨコのように、我が子の不貞をやめさせることが出来ない盲目的な愛情を持つ人物より、厳しさをもつて接する請求者の母の方が被拘束者にとつても教育的である。

4 結局、被拘束者は、請求者及び請求者の母の下で生活させた方が本人の幸福に合致する。

二  請求の理由に対する認否

(一)  請求の理由(一)の事実は認める。

(二)  同(二)ないし(五)のうち、(三)2の拘束者らが昭和60年8月13日に被拘束者を「○○園」から連れ帰つたことは認め、その余は争う。

三  拘束者らの主張

(一)  請求者の承諾

1 拘束者花枝が共稼ぎのため勤務し始めた被拘束者の出生当初から、拘束者カヨコ、同実は被拘束者を預かり監護しており、請求者もこれに同意していたのであつて、請求者は、拘束者花枝と請求者とが別居するようになつてのちも、拘束者カヨコ、同実において被拘束者を養育監護することに何ら異議を述べなかつた。

2 のみならず、拘束者カヨコ、同実が、昭和60年8月13日、被拘束者を「○○園」より竹田方へ連れ帰つてのちも、請求者は休日になると被拘束者に面会のため、竹田方を訪ねていたのであつて、その際にも拘束者らの監護に何ら異議を述べなかつた。

(二)  拘束者側の事情

1 拘束者側には、被拘束者を、生まれてから今日まで養育看護した実績のある拘束者カヨコ、同実が現在も健在であつて、被拘束者を監護しているが、請求者は、一人で被拘束者を監護した実績はほとんどなく、請求者の母である吉田正枝に至つては、今日まで被拘束者を監護した実績は皆無に等しく、かつ、経済的にも拘束者側の方が恵まれているから、被拘束者を監護するのは請求者側より拘束者側の方が適している。

2 請求者は、拘束者花枝の不行跡をみて、被拘束者の監護に不適任であると主張するが、拘束者花枝も被拘束者に対する愛情は請求者に勝るとも劣らない。

3 拘束者花枝は、昭和61年3月12日付でそれまで勤務していた「○○○○○○○○」を退職し、現在、拘束者カヨコ、同実の援助を得て被拘束者の養育監護に専念しており、被拘束者とともに平穏な生活をしているのであつて、被拘束者にとつて、良好な生活、保護環境が継続している。

四  拘束者らの主張に対する認否

拘束者らの主張事実は全て争う。

第三疎明関係

記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおり。

理由

第一拘束該当性について

一  請求の理由(一)の事実は、当事者間に争いがなく、また、拘束者カヨコ、同実は、昭和60年8月13日、託児所「○○園」から被拘束者を連れ帰つたことは、当事者間に争いがない。

二  拘束者花枝、同カヨコ本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、拘束者カヨコ、同実は、拘束者花枝の明示または黙示の依頼を受けて、昭和60年8月13日以降、被拘束者を監護していること、現在においては拘束者花枝自らも被拘束者の監護養育にあたつていることが疎明される。

三  右事実によれば、被拘束者は、現在3歳3か月の幼児であるから監護者を選定するについて十分な意思能力を有しないことは明らかであり、かかる幼児への監護養育は、被拘束者の身体の自由を制限する行為を伴なうものであるから、被拘束者に対する拘束者らの監護養育は、人身保護法及び同規則にいう拘束にあたるものというべきである。

第二拘束の違法性について

一  当事者間に争いのない事実に、成立に争いのない疎甲第6ないし第8号証、請求者本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる疎甲第2号証、拘束者花枝本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる疎甲第4号証の1ないし6、疎乙第1号証、証人吉田正枝の証言、請求者、拘束者花枝、および拘束者カヨコの各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が疎明される。

(一)  本件拘束に至る事情

1 請求者と拘束者花枝との間に被拘束者が出生してのち、請求者と拘束者花枝は福山市○○○町の○○○○において被拘束者と3名で平穏に生活していたものの、拘束者花枝は主婦に飽き足らず、また、拘束者花枝にとつては請求者の給料が生活するうえに十分でなかつたこともあつて、拘束者花枝は、請求者と協議のうえ、昭和58年4月から同年11月まではスナツク「○○○○○○○○」で経理事務員として、同年11月から昭和59年7月までは喫茶「○○○○」で従業員として、同年8月から同年10月までは喫茶「○○・○○○」で従業員としてそれぞれ働いていたが、同年9月からはスナツク「○○」で昼夜にわたり週2日ないし3日働くようになり、昭和59年10月中旬からは、昼間は「○○○○○○○○」で夜は「スナツク○○」でそれぞれ働くようになつたことから、請求者及びその母吉田正枝の承諾を得て、被拘束者出生直後の昭和58年4月から、既に、拘束者カヨコが、それまで8年間も勤務していた会社を退職してまで、拘束者花枝の勤務に要する時間中、被拘束者を監護するようになつた。

2 請求者と拘束者花枝との間は、昭和59年夏ごろから性格の不一致が表面化して気まずくなり、昭和60年3月になると拘束者花枝から別れ話が出るようになり、同年3月23日、同年4月6日、同月13日と拘束者花枝が外泊するようになり、遂には、同月20日から、住居の○○○○を出て福山市○○○町に所在する○○マンション内の「○○○○○○○○」内で寝泊りするに至り、同月27日の話し合いの結果、請求者と拘束者花枝とは別居することとなつた。

3 別居後の昭和60年5月8日、拘束者花枝の指示により被拘束者を引取りに来訪した際拘束者カヨコ、同実に対し、請求者は、納得のうえ、被拘束者を引渡して、その監護を依頼しながらも、毎日曜日には面会するなどして親子関係を保つべく努力をしていたが、拘束者花枝が被拘束者を独占する素振りをみせたため、これを阻止すべく同年7月15日から後は被拘束者を請求者のもとで監護養育することとし、拘束者らには知らせずに、以降、被拘束者を、昼間は自宅から約200メートル離れた託児所「○○園」に預け、朝晩は請求者が監護養育していた。ところが、拘束者実の知るところとなり、昭和60年8月13日、被拘束者の服装のみすぼらしいのを見兼ね、寂しげな被拘束者に同情した拘束者カヨコ、同実が請求者に無断で右「○○園」から被拘束者を自宅へ連れ帰つた(その間、拘束者花枝も同園に面会に赴いたが、面会を許されたのは最初だけで、その後は被拘束者に面会させてもらえなかつた)。

4 拘束者カヨコ、同実において右「○○園」から連れ帰つてのちも、請求者は、昭和60年9月15日、同年10月6日の日曜日に被拘束者を竹田方へ迎えに行き、連れ帰つては請求者宅に泊め、いずれもその翌朝には迎えに来た拘束者カヨコ、同実に対し被拘束者を引渡している。

ところが、その後、請求者は2、3度拘束者らに被拘束者との面会を求めたが、農繁期等の理由で会わせてもらえず、請求者と被拘束者との面会の機会はなくなつた。

(二)  拘束者らによる拘束状況

被拘束者は、昭和60年8月13日以降、拘束者花枝とともにマンションで居住することもあつたが、通常、竹田方において、拘束者カヨコ、同実と同居し、拘束者花枝が仕事の関係及び訴外下田との交際で常に被拘束者の監護に専念することができないため、主として、拘束者カヨコ、同実により監護されていたものの、昭和61年3月12日からは拘束者花枝がそれまで勤務していた「○○○○○○○○」を退職し、竹田方に同居するようになつてから後は、拘束者カヨコ、同実の援助を得て、主として、拘束者花枝が被拘束者の監護に当つている。

(三)  請求者側の事情

1 請求者は、通勤に自動車を使用して三原市に所在する(株)○○○○○○○○の営業課長として午前9時30分から午後6時30分まで勤務し、月給手取り18万円程度の収入があるものの、車のローン、家賃、光熱費等の定額支出を除けば、現在、1か月約10万円程度を生活費にあてることができる経済状況であつて、昭和60年6月からはそれまで居住していた○○○○を引払い、請求者の母吉田正枝とともに肩書住所地で借家住まいをしている。

2 請求者は、仕事の関係から、勤務時間中、自らは被拘束者の監護ができないことから、昭和60年7月15日から約1か月間被拘束者を監護していたときには、福山市○○町に所在する「○○園」に預ける方法で被拘束者を監護せざるを得ず、夜間は、同居している右吉田正枝の協力がなければ被拘束者を監護しえない状況にあつたのであるが、右の監護環境は現在も変つていない。

3 右吉田正枝は、以前、訴外森谷直三郎と結婚し、三子をもうけたが、末子である請求者が小学1年生のときに右訴外森谷直三郎と離婚し、数年間は右訴外森谷直三郎に請求者を預けていたが、請求者が16歳となつた春頃から請求者と同居し、自身の生活費は、自らの収入により仲居などをしてまかなつていた。

吉田正枝には、自ら責任を持たされて被拘束者を監護することには消極的な態度がみられ、請求者が給料の全額を同人に手渡すことを条件に、被拘束者が小学校へ入学するまでその面倒をみる決意がある。

また、吉田正枝は、子供を甘やかさず厳しく躾けることを教育方針としており(そのためか被拘束者も同女になついているとまではいい難い)、被拘束者を引取つた場合、再び、午前7時から午後7時まで預かつてくれる託児所「○○園」(右「○○園」における費用は、1か月の総額で3万1,000円を要する。)に預ける蓋然性が高い。

(四)  拘束者側の事情

1 拘束者花枝は、訴外下田と、請求者と別居後の昭和60年5月末ごろには既に肉体関係を持ち、同年7月からは同棲するなどますます親密な関係となり、昭和61年3月からは拘束者花枝が竹田方で居住するようになつたために訴外下田とは、現在同居していないものの、将来は、同人との結婚を考えている。

2 昭和60年8月13日以降、主として被拘束者の監護に当つていた拘束者カヨコ、同実の事情をみるに、拘束者実が農業のかたわら○○○○に運転手として勤務し、拘束者カヨコが拘束者実とともにその所有する田2反半、畑2反の農業に従事し、スナツクを経営する長女と自宅(2階建、1階8部屋、2階3部屋)で居住しているが、拘束者カヨコ、同実には現金収入が多くはないために、拘束者花枝も収入を得る必要から、いずれは就職しなければならない経済状況下にあり、早い機会に今度は昼間の仕事に就きたいと考えている。また、いずれは被拘束者を保育所または幼稚園に入れたい意向である。

3 拘束者花枝は被拘束者に対する愛情はあり、特に、拘束者カヨコ、同実の被拘束者に対する愛情は初孫ということもあつて強く(甘やかすきらいはあるが、被拘束者はなついている)、監護意欲が高い。

二  ところで、夫婦関係が破綻し、別居状態にある夫婦の一方が他方に対し、人身保護法に基づいて意思能力のない幼児の引渡しを請求する場合、その拘束の顕著な違法性の有無は、夫婦双方の事情を比較し、別居した夫婦のいずれに監護されるのが被拘束者の幸福、福祉に適するかを判断して、これを決するのが相当である。

これを本件についてみるに、請求者と拘束者花枝とが別居するに至つた原因は性格の不一致にあり、また、婚姻を継続することができなくなつた原因は拘束者花枝の不貞行為に求められることが疎明されるものの、被拘束者の幸福、福祉という観点からこれをみると、被拘束者は、拘束者花枝が請求者と協議のうえ共働きをはじめた昭和58年4月以降、勤務先の○○○○を退職してまで拘束者カヨコによつて監護され、拘束者花枝と請求者とが別居して後の昭和60年5月8日以降においても、請求者の同意を得たうえ拘束者カヨコ、同実の手で監護されているのであつて、同年7月14日から約1か月間の期間だけは請求者方で監護されたのみで、同年8月13日以降は拘束者花枝の依頼を受けた拘束者カヨコ、同実により監護され続けて今日に至つており、被拘束者は出生後、継続して拘束者カヨコ、同実と日常生活を共にし、その監護のもとで成長してきたものと評価することができ、現在においても拘束者らの監護下で安定した生活を送つている監護歴及び養育状況を前提とし、これに、請求者が被拘束者を監護する際の生活、保護環境すなわち、請求者は勤務先では営業課長という責任ある役職に就き、自動車通勤の方法により三原市に所在する会社において午前9時30分から午後6時30分までの間勤務しなければならない状況下では、被拘束者の監護をその母吉田正枝に依存せざるを得ないこととなるのであるが、右吉田正枝は自らに責任を持たされて被拘束者を監護することに消極的であつて、条件を付したうえ、被拘束者が小学校へ入学するまでの間被拘束者を監護するというのであつて、被拘束者にとつて、請求者側に十分に整備された環境が存在するものとはいえないこと、もつとも、拘束者花枝自身の保護環境も、現在は専ら被拘束者の監護にあたつてはいるものの、経済的理由からいずれは就職せざるを得ないうえ将来は訴外下田との結婚を考えているなど、決して好ましい監護環境が継続するものとはみられないものの、拘束者花枝の実父母であり、相当の田畑を所有する兼業農家であつて、被拘束者を受け入れることのできる広い自宅を持つ拘束者実、同カヨコの全面的援助を得ることが期待できる状況にあり、被拘束者に強い愛情を持ち、被拘束者も慣れ親しんでいる拘束者カヨコ、同実の協力を得ることによつて被拘束者の監護に適した環境を提供することができること、被拘束者はいまだ満3歳3か月の幼児であり、一般に、母親及びその補助者の手許におき、そのきめ細かな愛情によつて慈しみ育てさせることが、幼児の幸福、福祉のために必要であることを考慮すると、被拘束者にとつては、慣れ親しんだ現在の生活、保護環境を変えることなく、拘束者カヨコ、同実の援助のもと、拘束者花枝に養育監護される方が、請求者において養育監護されるよりも、よりその幸福、福祉に適するものと考えられるのである(幼児期の精神の安定した成長にとつて、監護の連続性と安定性が必要であることはいうまでもない)。

また、拘束者カヨコ、同実は、親権を有する請求者との関係では、被拘束者に対し、自ら独立したものとしては被拘束者を拘束する正当な権限を有するものとすることはできないものの、被拘束者の幸福、福祉のために適した一方の親権者である拘束者の適法な依頼を受け、その補助者として被拘束者に良好な生活、保護環境を提供することができるものの拘束は違法性の顕著な拘束には該らないものと解すべきところ、右の如く、別居し、夫婦関係の破綻している両親をもつ被拘束者にとつて、他方の親権者である請求者の監護下に置くよりも、幸福、福祉に適する監護環境にあるものというべき一方の親権者である拘束者花枝から監護の補助を依頼され、拘束者花枝の実父母であつて、拘束者花枝を補助して良好な生活、保護環境を醸成することのできる拘束者カヨコ、同実による被拘束者に対する拘束には顕著な違法性があるとはとうてい認めがたい。

第三結論

右によれば、拘束者らの被拘束者に対する拘束には顕著な違法性があるとは認められないから、請求者の本件請求は理由がなく、人身保護法16条1項を適用して請求者の請求を棄却し、被拘束者を拘束者らに引渡すこととし、手続費用につき、同法17条、同規則46条、民訴法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 安井正弘 裁判官 三島昱夫 坂井良和)

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